看護研究における倫理的配慮:インフォームド・コンセント、倫理審査委員会、記述例など
看護研究において、対象者の尊厳を守り論文の科学的信頼性を担保する「倫理的配慮」は不可欠です。本記事では、これから論文執筆や学会発表を目指す看護師や研究者へ向けて、倫理的配慮の基本や研究プロセス別のポイント、インフォームド・コンセントの手法、倫理審査委員会(IRB)の承認手続き、実際の論文で使える具体的な記述例などを解説します。
倫理的配慮が厳格に求められる背景と原則
看護研究における倫理的配慮は、単なる形式的な事務手続きではなく、過去の歴史的な反省と対象者の人権保護という理念の上に成り立っています。具体的には、「ニュルンベルク綱領」や「ヘルシンキ宣言」を基盤としています。※1、2
国内外の医学・看護学雑誌において、指針に則った倫理的配慮の記述は論文採択の必須要件となっています。なかでも「看護研究のための倫理指針」は、国際的な指針として重視されています。
「看護研究のための倫理指針」
看護領域では、国際看護師協会(ICN)が1953年に国際倫理綱領を採択するなど、倫理的な基準の策定において中心的な役割を果たしてきました。「ICN 看護師の倫理綱領」は2000年に改定され、現在も全世界に広く普及しています。その前文には、看護の本質として、基本的人権の尊重やあらゆる差別の禁止について記されています。※1、3
また、1996年に発行された「看護研究のための倫理指針」は、2003年にインフォームド・コンセントや倫理審査委員会などの項目を加えて改定されました。以下の6つの倫理原則を基本としています。※1
| 基本倫理原則 | 概要 |
|---|---|
| 善行(Beneficence) | 研究参加者および社会に対して良いことを行うこと 研究の参加者に利益をもたらすこと |
| 無害(non-maleficence) | 研究参加者に害を与えないこと 身体的・精神的な危害や苦痛を最大限に回避すること |
| 忠誠(Fidelity) | 研究参加者との間に信頼関係を育み、維持すること |
| 正義(Justice) | 研究参加者を公平に扱うこと 集団間で対応に差をつけず、研究の負担と利益を公平に分配すること |
| 真実(Veracity) | 研究の目的やリスクについて、正確な情報を伝えること |
| 守秘(Confidentiality) | 研究過程で得られた個人情報を厳重に保護し、外部に漏洩させないこと |
【プロセス別】具体的な倫理的配慮のポイント
倫理的配慮は、研究テーマの構想段階からデータの収集・管理、執筆、そして公表に至るすべてのプロセスにおいて連続的に実施されなければなりません。研究プロセスごとの具体的なポイントを解説します。
1. 研究準備段階における配慮
研究開始前に、先行研究の文献を徹底的に調査することが大切です。既存の研究テーマを安易に繰り返してしまうと、新たな科学的価値を生まないだけでなく対象者に不要な労力を割かせるため、倫理的に不適切とみなされます。文献検討を行い、自身の研究の独自性と社会的意義を明確にします。※4
関連記事:看護研究における文献検索のステップと効率的な文献検討の進め方
2. データ収集段階における安全・安楽の確保
インタビューやアンケートなどのデータ収集段階では、対象者の身体的・精神的な安全確保が最優先です。特に、質的研究では闘病や死別など過去のつらい体験を思い起こさせる可能性があるため、「心理的安全性」が欠かせません。苦痛の兆候が見られた場合に調査を直ちに打ち切るための中止基準を事前に設定します。
3. データ管理段階における匿名化とプライバシー保護
取得したデータは、個人情報保護法等に従い厳重に管理します。
データの保管
紙媒体は鍵付き保管庫に収納します。PCにはセキュリティソフトを導入し、USBメモリなどの外部記憶媒体にはパスワードを設定して確実に保護します。
識別子の付与
個人を特定する必要がある場合は、氏名の代わりにID番号を付与し、対応表はデータ本体と隔離して保管します。
固有名詞の伏せ字
インタビューの逐語録などは、氏名や施設名などの固有名詞をすべて「A氏」「B病院」のように伏せ字に変換します。「当院」「当病棟」といった表現も、特定を避けるために「A県内のB総合病院」のように原則匿名化します。※4
データの破棄
研究期間終了後、紙媒体はシュレッダーで裁断し、電子データは完全に削除・フォーマットして復元不可能な状態にします。
インフォームド・コンセントの取得
「インフォームド・コンセント」は、研究倫理において不可欠なプロセスです。参加候補者に対してリスクと利益を丁寧に説明し、研究に参加しない権利があること、不利益を被ることなく参加を拒否・撤回できることなどを保証します。※1、3
後からトラブルが生じないよう、説明は口頭だけでなく文書を用いて行います。
研究説明書に盛り込むべき項目
対象者への説明に用いる文書には、主に以下の情報を網羅的かつ平易な言葉で記載します。※4、5、6
● 研究の目的・意義・方法(調査・実験の詳細や所要時間なども含む)
● 予測される利益および不利益・リスク
● 研究成果の公表方法
● 自由意思の尊重(同意しなくても今後のケアで不利益を受けないこと)
● 同意の撤回権(一度同意した後でも随時撤回が可能であること)
● 個人情報の取り扱い
● 連絡先・問い合わせ先
研究デザインや研究方法、対象者によって項目は調整可能ですが、倫理的原則、法的原則、科学的原則を指針としながら、参加候補者が十分に理解できるよう説明します。※1、4
意思決定が困難な対象者への配慮
重症患者、認知症患者、重症心身障害児(者)など、研究への同意を適切に判断できない状態にある対象者の場合は、代理人(配偶者、親族、法定代理人など)から文書による同意を得る必要があります。ただし、対象者の理解力に応じた説明を行い、可能な限り本人からの賛意(アセント)を得られるよう努力します。言葉による意思表示が難しくても、不快な表情などのサインを見せた場合は「同意の撤回」とみなして直ちに研究を中止します。※4
看護学生・看護師を対象とする場合
看護学生や看護師を対象とした研究の場合も、同様の配慮が求められます。教員が学生に調査を依頼したり、管理者が自部署のスタッフに調査を行ったりする場合、対象者は「評価に悪影響が出るのでは」と強制力を感じやすくなり、自由意志が損なわれるおそれがあります。参加の有無が成績や人事評価に一切影響しないことを明記する、直接の評価者ではない第三者が調査票を回収するなどの配慮が必要です。※4
倫理審査委員会(IRB)の承認手続きと代替措置
人間を対象とする医学・看護系研究を行う場合は、原則として開始前に倫理審査委員会の承認を得る必要があります。倫理審査委員会の審査基準はさまざまなガイドラインで示されており、研究計画書やインフォームド・コンセントに関する説明書などを厳正に審査します。※1
● 研究対象者へのリスクは最小限か、研究の計画は適切か
● 研究の社会的利益とリスクのバランスは妥当か
● インフォームド・コンセントの手順や項目は適切か など
所属施設に倫理審査委員会がない場合も、倫理審査は免除されません。都道府県の看護協会や共同研究者が所属する他組織の倫理審査委員会に依頼するか、倫理的審査能力を持つ施設内の幹部会議や看護部委員会などに諮るなどして、代替的に組織的了解を得る必要があります。
倫理的配慮の記述例
「倫理的配慮」の項目は、査読者が厳しくチェックするポイントのひとつです。具体的な記述テンプレートを示します。
| 状況 | 記述例 |
|---|---|
| 一般的なIRB承認(実名表記) | 本研究は、〇〇大学医学部倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:第〇〇〇〇号)。 |
| 施設特定による不利益を避ける場合 | 本研究の実施に当たり、対象者のプライバシー保護の観点から所属施設の特定を避けるため、A施設倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:第〇〇〇〇号)。 |
| 代替機関で承認を得た場合 | 本研究の実施および公表にあたり、所属施設の倫理審査委員会に相当する機関(〇〇病院看護部幹部会議)にて審査を受け、承認を得た(承認番号:第〇〇〇〇号)。 |
| 無記名アンケート調査におけるインフォームド・コンセントの手続き | 対象者には、研究の目的、参加の任意性、個人情報の保護について文書で説明した。本調査は無記名自記式質問紙であるため、回収箱への投函をもって研究への同意とみなすこと、投函後はデータの撤回が不可能である旨をあわせて明記した。 |
| 質的インタビュー調査におけるインフォームド・コンセントの手続き | 対象者には、研究の目的、録音の実施、プライバシーの保護について文書と口頭で説明し、署名による同意を得た。同意後も随時撤回が可能であること、不快感が生じた際はいつでも中断できることを伝えた。取得したデータは個人が特定されないよう仮名加工し、パスワードを設定したPCで厳重に管理した。 |
承認責任の所在を明確にするため、委員会名は「実名表記」が推奨されます。ただし、対象者が少なく実名表記で個人が特定されるおそれがある場合は、施設名の匿名化が許容されます。
利益相反(COI)の開示
対象者の保護に加えて、研究結果の公明性と中立性を社会に対して示すことも重要な倫理的配慮のひとつです。論文には、必ず利益相反の有無を自己申告します。企業からの資金提供などがない場合でも、「本研究に関連して開示すべき利益相反状態にある企業や団体等はない」のように明記する義務があります。※4
研究成果を確実に社会へ還元することが重要
看護研究に協力する参加者の多くは、研究に参加することで未来の医療・看護の向上に役立つと信じています。取得したデータを死蔵させず、論文として公表し広く社会へ還元することこそが、研究者としての最大の倫理的責務といえます。倫理的配慮を研究推進の羅針盤とし、対象者への敬意とガイドラインの遵守を両立させながら、質の高いエビデンスの創出を目指しましょう。
参考文献
※1 公益社団法人 日本看護協会. 看護研究のための倫理指針.
※2 大島弓子. (2007) 看護研究における『倫理的配慮』の実際. Journal of Ishikawa Society of Nursing Research. 19(1). 1-16.
※3 国際看護師協会. ICN 看護師の倫理綱領(2021年版)
※4 公益社団法人宮城県看護協会. 研究における倫理的配慮とその記述方法. 日本看護協会「第51回(2020年度)および第53回(2022年度)日本看護学会実施要綱」より抜粋.
※5 一般社団法人 日本クリティカルケア看護学会. 研究倫理審査.
※6 東京外国語大学. 「研究説明書」作成要領.






