看護研究における質的研究データの分析方法:M-GTA、SCAT、テキストマイニング
質的研究では、インタビューや観察などを通して得られた質的なデータを分析します。数値化が困難な患者の内面世界や、看護実践における複雑な事象を解明するためのアプローチといえます。本記事では、質的データの代表的な分析方法として、M-GTA、SCAT、テキストマイニングについて解説します。
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質的研究におけるデータ分析の基本
量的研究は演繹的アプローチであり、あらかじめ立てた仮説に従い収集した数値データを統計的かつ客観的に検証することで結果の一般化を目指します。一方、質的研究は帰納的なアプローチであり、対象について詳細に記述した質的データを主体的に解釈しながら「仮説生成(Data-driven)」することを目的としています。※1
質的分析においては、表面的な言葉や行動事実だけでなく、対象者の内面世界(価値観や感情)や社会的関係性を文脈と関連づけて記述することが求められます。これにより、読者が自身の臨床現場に当てはめて応用できる「翻訳可能性」の高い知見を生み出すことができます。※1、2
看護研究における主要な質的データ分析手法
質的データの分析手法のうち、看護領域で主に用いられる3つの手法は以下の通りです。
| 分析手法 | 開発背景と特徴 |
|---|---|
| M-GTA | グラウンデッド・セオリーの修正版として日本で開発された、実践の理論化を目指す手法 |
| SCAT | 教育学領域で開発された、明示的手続きを持つ分析手法 |
| テキストマイニング | 自然言語処理技術を用いて、テキストから客観的な指標(頻出度等)を抽出する手法 |
それぞれの特徴と強み、看護領域への適用例について解説します。
M-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ)
M-GTAは、立教大学名誉教授である木下康仁氏によって開発された分析手法で、インタビューデータの分析に適しています。オリジナルのグラウンデッド・セオリー・アプローチを踏襲しながら、対人援助職における「実践の理論化」を目指す質的研究方法論として発展しており、看護学研究への親和性が高い手法でもあります。※3
最大の特徴は、データの読み解き方を定める「分析焦点者」の設定と、独自の「分析ワークシート」の活用です。さらに、カテゴリーを生成して関係付けることで、分析ワークシートを通して定義した複数の概念を比較検討することができます。より上位の「カテゴリー」へと抽象化したり中心的なカテゴリーを検討したりしながら、事象のプロセス全体を説明する理論を構築します。※3、4
分析焦点者の設定
研究の目的に沿って、どのような視点からデータを読み解くかを明確にするために「分析焦点者」を設定します。漠然とした分析を避け、特定のテーマについて深く洞察するのに役立ちます。※4
分析ワークシートの作成
ひとつの概念につき1枚のシートを作成し、概念名、定義、語りの具体例のほか、分析者の思考を記録する理論的メモを記述します。これにより、データから遊離した過剰な解釈を防ぎます。※4
M-GTAは、時系列に伴う心理的・社会的変化など、動的な「プロセス」の解明に強みがあり、複雑な事象のつながりを包括的に理解するのに適しています。
例えば、骨転移を有する乳がん患者が身体感覚を手がかりに骨折リスクを自己管理し、心理的安定を維持していくプロセスの研究や、小児の在宅移行支援において薬剤師が多職種と連携しながら薬物療法を管理するプロセスのモデル化などに適用されています。※5、6
SCAT(Steps for Coding and Theorization)
SCATは、名古屋大学特任教授(現・名古屋経済大学特任教授)の大谷尚氏によって提唱された質的データ分析手法です。明示的な手続きにより着手しやすく、小規模なデータにも適用可能であることから、初めて質的データの分析に取り組む研究者や看護学生にも広く支持されています。具体的には、テキストデータを意味のまとまりごとに区切り、表計算ソフトなどを用いてマトリックス上で整理しながら、以下の4ステップで段階的にコーディングを行います。※7
• ステップ1:データの中の着目すべき語句の抽出
• ステップ2:抽出した語句の、日常語などによる言い換え(パラフレーズ)
• ステップ3:専門知識や既存の理論的枠組みを用いた、データ外の概念による説明(理論的解釈)
• ステップ4:文脈全体を表現するテーマ・構成概念の生成
質的分析の初学者が最も陥りやすい失敗に、生のデータから突然飛躍した結論(抽象概念)を導き出してしまう論理的飛躍が挙げられます。SCATは、データから解釈に至るまでの思考プロセスを4段階で可視化するため、論理的な飛躍を防ぎ、分析の妥当性と透明性を担保することができます。共同研究者間でのディスカッションや、論文執筆時の監査証跡の提示にも役立ちます。
テキストマイニング(計量テキスト分析)
テキストマイニングは、自然言語処理技術を用いて大量のテキストデータからキーワードを抽出・数量化し、単語の出現頻度や共起関係(どの単語が一緒に使われやすいか)を分析する手法です。日本では、テキストマイニングソフトウェアである「KH Coder」が広く用いられています。※8
インタビューの逐語録やアンケートの自由記述データなどを対象に、以下のような客観的な指標を算出・視覚化します。
頻出語の抽出
データ全体で多く使用される語句をカウントし、対象者の関心の中心を把握します。
階層的クラスター分析
似た文脈で出現する語句をグループ化し、樹形図にして意味のまとまりを分類します。
共起ネットワーク分析
語句間の結びつきの強さを算出し、全体の構造を視覚化します。
テキストマイニングの最大の強みは、研究者の主観的バイアスを排除し、データ構造を客観的に俯瞰できることです。大量の自由記述や長時間のインタビューの逐語録などを扱う際、効率的に全体像をとらえ、俯瞰する手段として有効です。
例えば、看護系大学生のレポートを対象とした研究では、「看護」「患者」「健康」「役割」といった頻出テーマを抽出し、それらの共起関係を算出することで、学生が抱く職業イメージや地域医療への意識構造を客観的に明らかにしています。また、急性・重症患者看護専門看護師への半構造化面接データを階層的クラスター分析にかけ、高度な看護実践能力の構成要素を分類した研究事例などもあります。※9、10
ソフトウェアの活用と生成AIの限界
膨大なテキストデータを扱う質的研究では、質的データ分析ソフトウェア(CAQDAS)の活用が標準的になりつつあります。川崎市立看護大学看護学部の荒木田美香子氏らが、2010~2021年に発行された質的研究のうちCAQDASを使用した論文95件を調査した結果、看護学分野は医学・保健学分野と教育学分野とならんで15本と最も多かったことがわかりました。※11
データ解析に優れたソフトウェアを活用することで、コードの階層化や検索性の向上、関係性の視覚化が効率的に行えます。
また、近年では生成AIを質的データ分析の自動化に活用しようとする試みもあります。しかし、学術的な質的研究においてAIの出力をそのまま用いることには、大きな認識論的リスクが伴います。AIは統計的な確率に基づいて単語を処理するため、患者の語りの背後にある「沈黙」や「葛藤」を読み解くことができません。質的研究において重視される、多数派の意見から外れた「例外的な語り」や「矛盾する感情」を、AIは外れ値として平滑化してしまう傾向があります。どの発言に着目し、既存の看護理論や臨床経験とどのように関係づけるかは、AI に頼らず研究者自身が判断することが大切です。最終的な概念生成と理論構築は研究者自身が行い、AI はあくまで表記ゆれの修正や初期の頻出語抽出などの補助ツールとして用いることが推奨されます。
研究の目的に合わせてデータ分析手法を選択することが重要
看護領域における質的研究は、患者の苦悩や複雑な看護実践など数値化できない経験を学術的な知見として紡ぎ出す強力な手段です。時間的経過を伴う動的プロセスの理論化に適したM-GTA、明示的な手続きに沿ってより深く意味を抽出できるSCAT、客観的かつ全体的に概念の構造を把握できるテキストマイニングなどの分析手法は、看護領域においてよく用いられています。それぞれの手法の特性を理解し、自身の研究目的に最も合致した手法を選択することが重要です。
参考資料
※1 今福輪太郎. (2021) 質的研究を実施するうえで知っておきたい基本理念. 薬学教育. 5.
※2 大谷尚. (2008) 質的研究とは何か──教育テクノロジー研究のいっそうの拡張をめざして. 教育システム情報学会誌. 25(3). 340-354.
※3 定本M-GTA : 実践の理論化をめざす質的研究方法. 木下康仁 著. 医学書院.
※4 石黒武人. (2020) 国内多文化チームにおける日本人リーダーの認知的志向性の継承モデル. 武蔵野大学学術機関リポジトリ. Global studies. 4. 47-59.
※5 Fracture Risk in Breast Cancer Patients with Bone Metastases: A Qualitative Study. Bulletin of Osaka Medical and Pharmaceutical University. 72 (1). 16–30.
※6 Michiyo Kawana, et al. (2023) An Attempt to Build the Practice Model of Pharmacist in Home Care Medicine for Children. YAKUGAKU ZASSHI. 143(3). 281-295.
※7 大谷尚. (2010) SCAT: Steps for Coding and Theorization ― 明示的手続きで着手しやすく小規模データに適用可能な質的データ分析手法 ―. 感性工学. 10(3). 155-160.
※8 今井多樹子 川畑貴寛. (2022) 総説 テキストマイニングを援用した看護研究の動向:分析方法を中心に. 日本看護研究学会雑誌. 45.
※9 佐藤志保 ほか. (2026) 研究報告看護系大学1年生が持つ地元で働く看護職のイメージ―テキストマイニング分析を通して. 日本ルーラルナーシング学会誌. 21. 11-21.
※10 樅山定美 ほか. (2024) 急性・重症患者看護専門看護師が実践する代理意思決定を担う患者家族への支援内容―KH Coderを活用したテキストマイニングからの解析―. 日本臨床救急医学会雑誌. 27(6). 730-737.
※11 荒木田美香子 ほか. (2022) 総説 質的研究における質的データ分析ソフトウエアの活用状況の実態. 日本看護研究学会雑誌. 45(2). 201-212.






