看護論文の現状:研究デザインや研究テーマの動向、介入研究やガイドラインについての課題
看護教育の高等化や大学院の整備に伴い、日本国内における看護論文の発表数は飛躍的に増加しています。本記事では、看護論文に関する2つの調査分析を軸に、論文発表件数の推移や研究デザインの変遷、いわゆる「2025年問題」などの社会的課題にも関連した研究テーマのトレンド、そして看護論文の課題について解説します。
看護論文を取り巻く現状と発表件数の推移
1990年代以降、日本国内では看護系大学および大学院の設置数が急増し、看護研究の裾野も劇的に広がりました。大学や大学院において研究メソッドを体系的に習得した研究者や、高い専門性と優れた看護実践能力をもつ高度実践看護師が増加しています。看護研究領域の研究者が増加するなか、看護論文の発表件数はどのような推移をたどってきたのでしょうか。
北海道大学大学院保健科学研究院の宍戸穂氏らの研究によると、日本看護研究学会における論文発表件数は2000年代以降一貫して増加傾向を示し、2011年にピークを迎えました。その後、2020年以降に新型コロナウイルス(COVID-19)が世界的に感染拡大したことで、感染予防のための行動制限や医療現場の逼迫により、看護論文の発表数は一時的に停滞します。「日本看護研究学会雑誌」の発表論文件数は2022年にやや回復しますが、2023年にはまた落ち込みました。一方、2020年に発刊された「Journal of International Nursing Research(JINR)」の掲載論文数は、2022年から2023年にかけて堅調に増加しています。※1
「日本看護研究学会雑誌」の発表論文件数に見る研究デザインの変遷
看護研究領域における質的研究の増加と量的研究の成熟について、「日本看護研究学会雑誌」の発表論文件数をもとに見ていきましょう。
宍戸穂氏らは前述の研究において、医中誌Webにおいて2000年1月~2024年3月に発行された「日本看護研究学会雑誌」を検索・分析しました。研究デザイン別の論文件数の推移を見ると、2006年頃までは量的研究が発表論文の大多数を占めていました。質的研究の発表件数は2000年以降増加し、論文件数がピークを迎えた2011年以降は、量的研究と同程度で推移しています。分析調査が行われた2024年時点では、量的研究が約4割を占める一方で、質的研究も全体の約3割を占めています。※1
発表論文件数自体が停滞した2020年前後は、量的研究の発表件数が急激に減少しました。その後、2022年から2023年頃にかけては、文献研究(システマティックレビュー)の発表件数が増加しています。新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって臨床現場での直接的なデータ収集が制限されるなか、既存の文献を体系的に統合する研究方法からエビデンスを構築しようとする動きが活発になったと推察できます。※1
質的研究の定着と量的研究における統計手法の高度化
患者の主観的な苦痛や家族の葛藤、複雑なケアのプロセスなど、看護の現場では「数値化しきれない現象」が起こり得ます。その本質に迫るためには、質的研究アプローチの導入が必然といえます。大学院等において質的研究手法を指導できる研究者が増加していることも、質的研究の増加の背景として挙げられます。
一方、量的研究においても、その解析手法には看護学ならではの特徴が見られます。
大分県立看護科学大学の佐伯圭一郎氏は、日本看護系学会協議会会員47学会のWebサイトおよび学術雑誌を対象に、医中誌Webにおいて2017年発行の原著論文を検索し、量的研究の頻度や使われた統計手法、統計関連の執筆ルールなどを調査しました。その結果、原著論文346編のうち約半数にあたる160編が量的研究デザインによって研究されていることがわかりました。これらの量的研究では、カイ二乗検定やt検定といった基本的な統計手法だけでなく、クロンバックα係数(信頼性係数)や探索的因子分析、確証的因子分析などの尺度利用に関連する統計手法が多く用いられていました。職業性ストレスや看護実践能力、患者の生活の質(QOL)といった「目に見えない心理や概念」を客観的に測定し、尺度として開発・利用する試みが多いのが、看護研究領域の特徴といえます。※2
このように、看護研究領域においては、主観的な事象を深く掘り下げる質的研究とその成果を客観的尺度へと昇華させる量的研究が両輪となり、看護学のエビデンスを構築しつつある現状が読み取れます。
社会的テーマの反映:研究対象者とキーワード分析
宍戸穂氏らの研究では、看護論文で扱われる研究対象者や頻出キーワードの分析も行われています。
まず、研究対象者としては「看護職者(33.7%)」「患者(22.7%)」「患者の家族(7.5%)」が多くなっていました。主題のキーワード分析においても「看護師」「看護」「患者」が頻出していたほか、地域社会における療養や家族支援に関する以下のテーマの研究が多かったことがわかりました。※1
・尺度開発
・障害を有する児の母親
・認知症高齢者の介護
・在宅療養・訪問看護
・看護学生の実習
・がん患者
・患者のQOL
・退院支援
・精神疾患・精神科病棟
看護職の人材不足解消や労働環境改善につながる研究
研究の主体であるはずの「看護師」自身が最大の研究対象となっているのは、深刻な人材不足や過酷な労働環境などの看護業界全体の課題が背景にあると考えられます。
労働政策研究・研修機構(JILPT)が報告した日本看護協会の2024年調査データによれば、正規雇用看護職員の離職率は11.3%に達しており、人材不足の解消および労働環境の改善は喫緊の課題といえます。※3
「尺度開発」というキーワードが頻出していることも、その裏付けといえます。分析によると、看護実践能力やケアの質など看護師の能力を評価する尺度や、職業性ストレスおよび心理的安全性など職場環境の評価に関する尺度も見られました。今後ますます、看護職の人材定着に向けた労働環境の改善や看護実践能力の向上に関連する研究が増加すると推察されます。※1
地域完結型医療に関連した研究
研究対象に「患者の家族」が挙がっていることや、キーワードとして「患者の家族」「認知症高齢者の介護」「在宅療養・訪問看護」などが頻出していることは、地域完結型医療(地域包括ケアシステム)への移行を目指す一連の施策と関連していると考えられます。これらの政策は、少子高齢化のさらなる進行や医療従事者の人手不足といったいわゆる「2025年問題」を契機として、検討が加速しています。
実際に令和6年度の診療報酬改定では、急性期医療の機能分化を促進するために、重症度、医療・看護必要度および平均在院日数の見直しが行われました。※4
医療依存度の高い患者を地域へ戻す動きが強まることで、ケアの大半を担う家族の負担が増大し、患者本人だけでなく患者の家族への支援も求められるようになります。これにより、認知症患者、がん患者、精神疾患など、外来や地域での長期的な療養生活を見据えた支援が求められる領域の研究が増え、近年の看護学における重要なテーマとなっていることが伺えます。
日本の看護学界が直面する2つの構造的課題
学術的な発展と多様化を遂げている看護論文ですが、客観的なエビデンスの構築と学際的な信頼性の担保のためには、克服すべき課題が2つあります。
課題1. 介入研究(実験研究)の圧倒的な不足
現状の看護研究においては、科学的検証力の強い「介入研究(実験研究・準実験研究)」が圧倒的に不足しています。
宍戸穂氏らの研究によると、実験研究デザインであるランダム化比較試験(RCT)は全体のわずか0.2%に過ぎず、準実験研究を含めても約8%に留まっています。※1
介入研究が進みにくい背景としては、苦痛を抱える患者に対する倫理的課題や、多忙な臨床現場における厳密なプロトコル管理の困難さが挙げられます。これまでに蓄積された記述的・質的知見を基盤とし、倫理的配慮を満たした上で介入プログラムをデザインする段階へと踏み出すことが、実践科学としての看護学には強く求められています。※1
課題2. 執筆ルール・報告ガイドラインの標準化の遅れ
研究の質を担保し、他領域や世界の研究者に正確な情報を伝達するためには、厳密な執筆ルールの適用と国際的な報告ガイドラインの遵守が必須です。しかし、日本の看護学領域においては、これらの標準化が十分に浸透していないのが現状です。
佐伯圭一郎氏の調査によると、執筆要項が独立して詳細に整備されている雑誌は47学会中わずか8誌で、多くは投稿規定中の1項目として記載されているのみでした。また、ランダム化比較試験の国際的な報告ガイドラインである「CONSORT声明」を参考するよう推奨している雑誌は、わずか1誌のみという結果でした。医学や心理学領域で広く用いられている「APAマニュアル」の準拠状況についても、編集スタイル全体をAPA準拠と明記しているのは2誌、文献や図表のみとしているのが8誌に留まりました。具体的な統計数値の表記ルールも入り乱れており、学会誌間での統一が図られていません。構造化抄録を明確に指示している雑誌も5誌のみでした。※2
看護学は対象領域が幅広く、学会ごとに重視する研究手法の特性が異なるのは事実です。しかしながら、査読プロセスの効率化や将来的に複数の研究データを統合してメタアナリシスを行うためにも、執筆ルールの統一とガイドラインの標準化は必須といえます。
著者の自発的なルール・ガイドラインの準拠が重要
看護論文の発表数の増加に伴い、量的研究・質的研究のいずれも目覚ましい発展を見せています。看護論文の研究対象者や研究テーマは、在宅療養や家族支援といった近年の社会課題を的確にとらえており、実践科学としての看護学がいかに社会に貢献しているかを物語っています。
一方で、看護実践のエビデンスを構築するためには、科学的検証力の高い「介入研究」の拡充や、学会横断的な執筆ルールの標準化、国際的報告ガイドラインの活用などの課題もあります。
今後、看護論文を執筆する研究者や看護師は、こうした学術界の現状と課題を把握し、著者自身が自発的に国際基準や報告ガイドラインに準拠して論文を構成する意識を持つことが重要です。
参考資料
※1 宍戸穂 ほか. (2024) 日本看護研究学会雑誌およびJournal of International Nursing Researchにおける掲載論文の動向と今後の課題. 日本看護研究学会雑誌2025, 48.
※2 大分県立看護科学大学. 統計・情報処理教育担当教員から見た看護系学術論文の現状.
※3 独立行政法人 労働政策研究・研修機構. 正規雇用看護職員の離職率は11.3%に/日本看護協会調査.
※4 厚生労働省保険局医療課. 令和6年度診療報酬改定の概要(医科全体版)






