シュプリンガー・ネイチャー社の白書「Demonstrating journal value beyond rankings」の概要
ジャーナルの影響力を示す指標として、現在は引用数やJIFなどが主に用いられており、影響力の強さでランキング付けされています。しかし、ランキング下位に位置していても、従来の指標では評価しきれないさまざまな重要性をもつジャーナルもあります。シュプリンガー・ネイチャー社が公開した白書「Demonstrating journal value beyond rankings(ランキングを超えたジャーナルの価値の実証)」の概要を解説します。
ジャーナルのランキング・システムの課題
研究者の多くは、できるだけ影響力の高いジャーナルに自身の論文を投稿したいと考えています。投稿先のジャーナルを選定するにあたって、近年はジャーナルの引用数やJIF(ジャーナル・インパクト・ファクター)などが重要性や新規性の指標として用いられています。これらの指標は、ジャーナルの影響力を評価し、投稿先の選定や比較検討において役立ちます。
その一方で、ジャーナルのランキング・システムにはいくつかの課題も指摘されており、ジャーナル間に階層構造を生み出すとして問題視されることもあります。研究者自身はもちろん、資金提供者も、被引用数やJIFなどに過度に依存してしまいがちです。ランキングの評価が低いからといって、そのジャーナルに掲載されている研究の評価や重要性が低いということにはなりません。
シュプリンガー・ネイチャー社の白書「Demonstrating journal value beyond rankings」では、従来のランキング・システムの課題として、以下の2点が指摘されています。
・引用性の高いテーマに焦点を絞ることで、革新的・探索的な研究を犠牲にしてしまう可能性がある
・短期的なインパクトに焦点を当てることで、長期的に大きな影響力を持つかもしれない学際的な研究の真の価値をとらえきれないことがある
このような課題意識に基づき、この白書では、ランキングの下位に位置付けられたジャーナルが学術研究分野においてどのように貢献しているかに注目しました。クラリベイト社が発表しているJournal Citation Reports(JCR)の2023年版と、2019~2023年のSpringerおよびBMCのジャーナル利用データに基づき、シュプリンガー・ネイチャー社が刊行しているジャーナルの利用傾向を四分位ごとに分析しています(ただし、JIFにおける顕著な外れ値を考慮し、Nature Portfolioジャーナルは除く)。
ここでいう四分位とは、影響力の高い順に並べた場合の相対的なランクを4段階で示すもので、第1四分位(Q1)は上位25%以内、第2四分位(Q2)は上位26~50%を示します。第3四分位(Q3)は51~75%、第4四分位(Q4)は76%以下と、ランキングの下位に位置することを示します。白書では、このQ3およびQ4に属するジャーナルが、世界的な研究支援においてどのような役割を果たしているのかを検証しました。
主な調査結果
白書では、主な調査結果として以下の5項目が紹介されています。
1. 検証された研究はすべて価値がある
Q3およびQ4に属するジャーナルは、学際的な研究のためのプラットフォームとして機能します。これらのジャーナルはランキングの下位に位置しているため、すぐに注目を集めることはないかもしれませんが、その多くは漸進的かつ基礎的な研究を公開しています。ジャーナルのランキングやアクセスレベル、ポートフォリオブランドにかかわらず、検証済みのすべての研究は、包括的で堅牢な研究環境の発展に貢献しているといえます。
2. 専門分野と新興分野を発展させ、維持する
Q3・Q4ジャーナルは、専門分野や新しい研究分野にとっても重要な役割を果たしています。 引用数は多くなくても、小規模かつ専門的な研究コミュニティにおける主要な(または唯一の)出版の場であり、重要なプラットフォームとして機能しています。
3. 世界的な議論と公平性のための重要なプラットフォームを提供する
Q3・Q4ジャーナルは、低・中所得国の研究者にも出版機会を提供します。例えば、『AIDS Research and Therapy』誌には、限られたリソースと資金で活動するアフリカの研究者からの投稿が多数寄せられているように、Q3・Q4ジャーナルは地域的かつ実践的な課題に対処する小規模な研究を可能にします。
母国語が英語ではない著者にとって、これらのジャーナルに投稿しフィードバックを得ることは、論文の質やインパクトを高める貴重な機会です。論文の投稿経験が少ない若手の研究者にとっても、Q3・Q4ジャーナルは出版機会を提供し、論文の質の改善や研究キャリアの発展をサポートする機会といえます。単にリジェクトするのではなく、論文の改善点を添えて再投稿を促すことで、若手研究者たちの研究スキルを育成する役割を果たしているのです。
4. ジャーナルランキングは静的ではない
そもそも、ジャーナルのランキングは静的ではなく、常に変化しています。専門的な分野に特化したジャーナルや新たに刊行されたジャーナルは、最初こそQ3またはQ4にランクインしたり、JIFが付与されていなかったりすることも少なくありませんが、後にランキングが上昇することがあります。
実際に、2019~2023年の間にJCRに追加されたシュプリンガー・ネイチャー社のジャーナル86誌のうち、80誌はQ3・Q4またはランク外からスタートしました。その後、最新のJCRレポートではランクインしており、そのうち40誌はQ1またはQ2に上昇しました。
つまり、JCRの四分位ランキングは、ジャーナルの質や長期的な影響力を示す永続的な指標ではないということです。
5. Q3・Q4ジャーナルとの重要な関わりが拡大
シュプリンガー・ネイチャー社のジャーナル全タイトルにおける、2023年の利用率(ダウンロードや非ライセンスアクセス試行数を含む)のうち、22%をQ3・Q4ジャーナルが占めていました。その読者層は、中国、米国、インド、ドイツ、英国に広がっており、研究活動が盛んな国々からの需要の高さがうかがえます。また、前年比の利用増加率はQ1・Q2ジャーナルが17%増だったのに対し、Q3・Q4ジャーナルは27%増と、早いペースで読者数が増加しています。
オープンアクセス(OA)によって研究成果への公平なアクセスが実現する
今回の白書では、Q3およびQ4に属するジャーナルのさまざまな価値が示されました。ランキングでは低く評価されていても、新しい分野やニッチな分野、斬新的な研究をはじめ、引用されにくい分野の発展において重要な役割を果たすジャーナルは存在するということです。
従来のランキング・システムでは、これらのジャーナルの重要性が正当に評価されていないことが懸念されます。また、近年は学術コミュニティがオープンアクセス(OA)に移行しています。従来の指標だけでなく、ジャーナルの質を評価するためのより幅広い指標を検討する必要性が高まっているといえます。
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参考文献
Springer nature – White paper — Demonstrating journal value beyond rankings
Springer nature Japan — 【The Link】研究におけるQ3およびQ4ジャーナルの隠れた価値
Curren Awareness Portal — Springer Nature社、ホワイトペーパー“Demonstrating journal value beyond rankings”(ランキングを超えたジャーナルの価値の実証)を公表