米国国立衛生研究所(NIH)は2026年度から助成している研究成果に対するAPC上限を設定
大手出版社が発行するジャーナルや影響力が高いジャーナルの多くは、著者が支払う論文掲載料(APC)によって運営されており、近年はAPCの高騰が問題となっています。
この問題を受けて、米国国立衛生研究所(NIH)は、助成している研究者が論文を発表する際にかかる出版費用に上限を設定するという方針を発表しました。NIHの方針の概要を解説します。
NIHのこれまでの取り組みとAPC上限に関する新方針
NIHではこれまでにも、公平公正なオープンアクセス(OA)のためにさまざまな施策を行ってきました。
・RePORT(研究ポートフォリオ・オンライン報告ツール)……NIHが資金提供した研究活動に関する包括的なデータの一般公開するためのオンライン報告ツール
・データ管理・共有方針
……研究結果が出版されたかどうかに関係なく、科学的データの共有を促進するためのポリシー
・公共アクセス方針
……NIHの資金提供によって作成された査読済み出版物が制限なく自由に利用できることを保証するためのポリシー
・内部研究アクセス方針
……戦略的なライセンスによって患者および市民のアクセスを向上し、NIHが開発した技術の普及促進を図るポリシー
しかしながら、NIHは国民の経済的負担や、APCの支払いと購読料の徴収という不均衡な費用負担について言及しています。OA出版は読者の負担軽減を目指している一方で、APCの高騰は研究者や研究を助成する資金提供者にとっては財政的な圧力となります。
そこでNIHは、2026年度以降、NIHの助成を受けた研究者が研究成果を公開する際に出版社へ支払う出版費用(APC)に対して上限額を設定する方針を発表しました。この新方針は、研究資金制度全体における出版費用の妥当性を確保し、過度に高額なAPCを抑制することを目的としています。
NIHは、公的資金の透明性の確保および責任ある管理、そして研究成果へのアクセス性の向上を掲げ、自らが助成した研究成果が公衆衛生に資するよう、より広く一般に公開される環境を整備するとしています。
論文掲載料を取り巻く現状
学会や研究機関がAPCの一部を支援したり、一部の出版社ではAPCの割引や減免制度を設けていたりと、研究者の費用負担を軽減するさまざまな取り組みも実行されています。例えば、Springer Nature社では査読の進度に応じて分割して論文掲載料を支払う提案型オープンアクセス(Guided Open Access)という仕組みも導入しています。
しかしながら、APC自体のトレンドとしては、近年増加の一途をたどっており、研究者にかかる負担が大きくなっています。デルタシンク社の調査によると、APC料金は2020年から2023年にかけて大幅に上昇し、2024年は緩やかではあるものの上昇傾向は続いているといいます。2025年以降、その価格上昇率は鈍化する見込みですが、著者や所属機関にとってAPCは大きな負担であることに変わりありません。
NIHのニュースリリースでは、APCの高騰に関する以下のような事例が紹介されています。
・大手出版社のなかには、政府機関から多額の購読料を徴収しつつ、論文1本あたり1万3000ドルものAPCを請求しているところもある
・NIHから年間200万ドル以上の購読料を受け取りながら、独占的なAPCを設定して数千万ドルの収益を得ている出版社もある
NIHは国立の研究機関であることから、これらの費用は大元をたどれば、納税者である国民が負担することになります。今回の新方針は、学術研究の透明性を確保しながら、納税者が拠出した資金について責任をもって管理するための取り組みの一環といえます。
NIHの新方針が学術出版の今後に与える影響に注目
NIHのJ.Bhattacharya所長は、「オープンかつ誠実で透明性のある研究環境を作り出すことは、公衆衛生に対する国民の信頼を回復するためのカギとなります。この改革により、研究成果へのアクセス性が向上し、納税者の利益に結び付かないような不要なインセンティブは解消されることでしょう」と述べています。
APCに上限を設けるNIHの新方針が、大手出版社や影響力が高いジャーナルにどのような影響を与え、世界的な学術出版のあり方がどう変化するのか注目されます。
関連記事:オープンアクセス(OA)出版の論文掲載料にまつわる最新の動向
関連記事:デルタシンク社による論文掲載料(APC)のトレンド分析(2024年)
参考文献
National Institutes of Health — News Releases — NIH to crack down on excessive publisher fees for publicly funded research
National Institutes of Health — NIH Director Statements — NIH to Establish New Policies for Allowable Publication Costs
Curren Awareness Portal — 米国国立衛生研究所(NIH)、NIHの助成を受けた研究成果の出版費用の上限を2026会計年度から設定すると発表
国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター — NIH、公的資金による研究成果の出版費用に上限措置









