Science News

学術研究におけるAI活用の実態――論文投稿の急増と研究の信頼性を守るガンドラインの利用

近年、生成AIは進化し続けており、学術研究の現場においても多くの研究者が実際に活用しています。特に、研究の初期段階でAIを利活用することで論文執筆の効率性は飛躍的に向上しました。一方、AIを使用した質の低い論文が大量に投稿されるなど、研究成果の迅速な公開を支えるプラットフォームでは負担が増大しているのが現状です。

本記事では、arXivが新たに定めた論文投稿数の制限と、研究者のAI利活用の実態、そしてSpringer Natureの編集方針の改訂について解説します。

論文投稿数の増加に伴い、arXivでは新規論文の投稿数を月2本に制限

査読前論文を無料で公開・閲覧できる世界最大のプレプリントプラットフォーム「arXiv」では、2026年10月1日より、新規論文の投稿数が投稿者1人につき月最大2本に制限されるようになりました。2024年の時点でarXivはすでに同時投稿可能な論文数を3件までとする制限を設けており、今回のポリシー変更によって研究者はより厳格な投稿数の管理が求められます。

この背景には、AIの普及とそれに伴うarXivへの論文投稿数の急増が挙げられます。1991年の設立以来、arXivへの論文投稿数は着実に増加していますが、なかでも近年の増加傾向は目覚ましいものがあります。2024年9月に20,569件だった投稿数は、2026年9月には40,363件と2年間で倍増しました。この間、arXivのスタッフおよびモデレーターへの問い合わせや対応要求の発生件数は約9,000件と報告されています。

モデレーターは各分野の専門家であり、ボランティアとして投稿される論文が基準を満たしているかをチェックします。投稿内容について、形式や新規性、カテゴリーの適合性などを確認する必要があることから、その負担の増大が課題となっています。質の低い論文が大量に投稿されることで、これらの確認に多大な時間がかかるようになれば、研究成果の迅速な共有というプレプリントの利点が損なわれるおそれがあります。

なお、この投稿制限は発表論文ではなく、投稿論文に対するルールとなっています。そのため、投稿した論文がアクセプトされなかった場合も月間の合計点数としてカウントされます。1か月に2本の論文をarXivに投稿した場合、それらがアクセプトされたか否かにかかわらず、3本目以降を投稿するためには翌月まで待つ必要があります。また、この制限は分野ごとではなく、全分野を通して1か月あたり合計2本までとなっています。

今回の制限は、学術研究におけるAI利用そのものを禁止するものではありません。あくまで、論文投稿数の急増によるチェック体制への負荷や、学術的な価値を十分に備えていない投稿への対応が論点となっています。研究成果の迅速な公開を支えるプラットフォームをこれからも維持するためには、論文を投稿する研究者自身の責任が問われます。

『The State of AI Use Among Researchers』が示す研究者たちの実際のAI活用法

では、近年の研究者は、実際にどのような場面でAIを活用しているのでしょうか。

Springer Natureが2026年7月に公開した白書『The State of AI Use Among Researchers』では、研究者のAI利用の実態を明らかにするため、12の研究分野にわたる117の国・地域の研究者から寄せられた10,480件の有効な回答を分析しています。

研究活動別のAI利用頻度

回答者の43.8%が、研究活動のうち「情報収集」において毎回またはほとんどの場合にAIを使用していると回答しています。まったく使用していないと回答した人は9.2%でした。「論文の改善・編集」における利用頻度も高く、44.6%が毎回またはほとんどの場合にAIを使用していると回答しています。

このように、情報量やテキスト量の多い作業、特に研究活動の初期段階においてAIが利用されるケースが多いことがわかりました。一方で、論文の査読や投稿された原稿の採否を判断する場面など、人間の判断力や意思決定を必要とする作業においては、AIはほとんど利用されていません。これらの領域では、学術的な説明責任や専門家による判断がこれからも重視されると考えられます。

AIの使用頻度と研究者のキャリアの関連性

「情報収集」や「論文の改善・編集」においてAIを使用する頻度は、研究キャリアの年数によって差があることが示されています。経験年数が3年未満の研究者および3~10年の研究者では、約5割がこれらの工程でAIを使用していると回答しました。一方、20年以上のキャリアを持つベテラン研究者ではAIを使用していると回答したのは約3割に留まっており、「まったく使用しない」と回答した人の割合も他の年代と比べて最も高くなっています。

研究者が使用するAIツールの種類と費用

最も頻繁に使用するAIツールとしては、汎用モデルが全体の75.9%を占めていました。なかでも最も使用されていたのはChatGPT(36.8%)で、次いでGemini(19.4%)やClaude(6.5%)という結果でした。

また、AIツールへの課金については回答が分かれました。回答者の45.4%はこれらの主要なAIツールを無料で使用し、41.3%は個人的に課金していると回答しました。その他、11.1%の回答者は、所属機関がライセンス料を支払っていると回答しています。

このように、本調査に回答した研究者の半数近くが、研究活動においてAIを実務レベルで活用していることが明らかとなりました。ただし、研究者のキャリアや地域によって使用状況は異なること、無料の範囲内もしくは自己資金による利用が中心となっていることなども示されています。

Springer NatureはAI活用に関する編集方針を改訂

学術研究におけるAIの利活用が一般化している今、論文を執筆する研究者だけでなく、査読者や編集者が実践的に活用できるガイドラインの必要性が高まっています。

これを受けて、Springer Natureは2026年9月にAIに関する編集方針を改訂しました。改訂版ではAI使用の有無に焦点を当てるのではなく、AIがどのように使用されたか、AIの使用が及ぼす可能性のある影響、AIの使用によって生じるリスクの程度、人間による適切な監督が維持されているかなどが考慮されています。

例えば、「研究実践におけるAI利用のためのリスク評価フレームワーク」では、以下の場面でAIを使用する場合、研究活動の中核的な意思決定に影響を与えることなく効率性と探求性の向上に役立つとして「低リスク」に分類しています。

• 文献調査
• 意味・文脈の検索
• 文献の要約
• データクリーニング
• 重複排除
• 品質チェック など

ただし、出力された結果は研究者自身によるレビューや検証が必要であり、過度の依存も避けるべきとされています。

一方で、AIが学術的な判断を代替するような以下の使用方法は、説明責任や信頼性、倫理基準を損なうものとして明確に禁止されています。

• 人間の監視なしに仮説、分析、結論を生成すること
• データおよび参照を捏造すること
• 公開ツールで機密データや制限付きデータを使用すること

これらの編集方針は、AIの次なる進化や関連する規制、学術出版の実務に合わせて、今後も定期的に見直されます。

論文を執筆する研究者には責任あるAI活用が求められる

生成AIは、情報収集や論文の改善・編集などを効率化し、研究活動を支援する有用なツールです。実際に、Springer Natureの白書はキャリアの若い研究者を中心にAIの利活用が広く普及している実態を示しています。一方で、投稿された論文を確認する負担の増大や情報の正確性、研究成果に対する説明責任などの課題も生じています。

AI時代を生き抜く研究者にとっては、学術出版社や研究機関が公表しているガイドラインや編集方針などを遵守しながら、AIが生成した結果を批判的な視点で確認し、研究成果に対する責任を自ら担う姿勢が求められます。

参考文献

arXiv — Fair Moderation, Equitable Access, and AI: arXiv’s Updated Rate Limit Policy
Springer Nature Japan — 【プレスリリース】若手研究者が牽引する、研究活動におけるAIを起点とした情報の発見・探索への転換
nature — research intelligence — AI FOR SCIENCE Part 1: The State of AI Use Among Researchers 2026
Springer Nature Japan — 【プレスリリース】シュプリンガーネイチャー、責任あるAI活用を支援するため、AIに関する方針とガイダンスの改訂版を公開
Springer Nature Japan — Springer Nature launches updated AI policies and guidance to support responsible AI use
Springer Nature Japan — Journal editorial policies
Springer Nature Japan — AI use in research practice — Using AI safely across the research lifecycle

  • 英文校正
  • 英訳
  • 和訳
※価格は税抜き表記になります