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「撤回論文の概況2024」の概要:日本では特定の著者が高頻度で論文を撤回

2025年5月26日、文部科学省直轄の国立試験研究機関である科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は「撤回論文の概況2024」を公開しました。この調査は、学術研究における信頼性・健全性・公平性の確保を目的として行われています。撤回論文の概況を把握することの重要性と、本報告書の要点について解説します。

論文撤回の概況を把握することの重要性

学術研究分野の各ジャーナルでは、基本的に専門家である第三者による査読が行われていますが、査読によるチェックやフィルタリングも完全ではありません。そのため、一度アクセプトされて論文が掲載されたにもかかわらず、情報が誤っていたことで後に撤回されることがあります。

論文が撤回されるケースとしては、以下が挙げられます。 ・著者の不注意やミス(データの誤り、解析の不備、引用の誤り など)
・不正行為(データの捏造、改ざん、盗用 など)
・その他(二重投稿、ギフトオーサーシップ など)

論文における不注意やミス、そして不正行為を防止することは学術界にとって重要な課題であり、そのためにも撤回論文の実態の把握が欠かせません。特に、意図的に行われた不正行為によって論文が撤回された場合は、研究者自身の信頼性が失われるだけでなく、その研究者が所属する学術機関や研究コミュニティ、学術分野全体にまで影響を及ぼしかねないのです。

「撤回論文の概況2024」では、以下の2つのデータベースを活用して調査・分析が行われました。

・Retraction Watch Data(撤回論文データベース)
・OpenAlex(研究成果書誌データベース)

Retraction Watch Dataについて

Retraction Watch Dataは、もとはアメリカの非営利調査報道団体であるThe Center for Scientific Integrityによって運営されていました。その後、DOIの管理を担う非営利組織Crossrefに合意のもと買収され、2023年9月にオープンアクセスが可能になりました。出版社は、論文を撤回した際にCrossrefに直接通知を登録できます。また、出版社のWebサイトに掲載された撤回情報と、懸念表明や訂正などの情報が、Retraction Watchによって毎日更新されています。

Retraction Watch Dataには、撤回された論文に関する以下の情報が網羅されています。

・論文の撤回理由
・撤回日時
・関与した著者に関する情報(所属機関など)

論文の撤回数は増加傾向にある

撤回論文数の年次推移を見ると、撤回論文数は年々増加傾向にあります。特に2018年から2021年にかけては倍増しており、2022年にかけて増加し続けています。

分野別の撤回論文数としては、生物学(Biology)が最も多く、次いで医学(Medicine)、化学(Chemistry)、コンピュータサイエンス(Computer Science)となっています。ただし、総論文数に占める撤回論文数の割合を見ると、化学(Chemistry)、医学(Medicine)、生物学(Biology)、数学(Mathematics)の順に多くなっています。

日本では特定の著者が高頻度で論文を撤回している

国・地域別に見ると、中国の撤回論文数は、他の国・地域に比べて一桁多く、17,885件と群を抜いています。総論文数が最も多いアメリカでは撤回論文の割合が0.04%なのに対し、次いで論文数が多い中国では撤回論文数の割合が0.24%と非常に高くなっています。日本の撤回論文数は606件で9位であり、総論文数における割合は0.04%と、アメリカやイギリス、フランス、カナダと同程度となっています。

なお、国・地域別の撤回論文数は、第1著者のみに限って分析した場合に順位が若干変わります。これは、特定のある著者による撤回論文が突出して多いケースがあるためです。国・地域ごとに撤回数に関するジニ係数を調査したところ、日本は約0.35と最も高く、特定の一部の著者が高い頻度で論文を撤回していることがわかります。一方、撤回論文数が多い中国ではジニ係数が約0.06と最も低くなっており、これは1、2回程度の撤回を行っている著者が多くいることを意味します。

今後も撤回論文の状況について調査・分析が望まれる

「撤回論文の概況2024」によると、日本の撤回論文数は606件、総論文数における割合は0.04%でした。特に、ジニ係数による分析を通して、日本では特定の著者が高頻度で論文を撤回していることもわかっています。学術研究における信頼性、健全性、公平性を確保するために、今後も撤回論文の状況について継続的に調査・分析されることが望まれます。

関連記事:論文撤回数の状況と撤回論文を誤って引用しないための対策

参考文献

NISTEP 科学技術・学術政策研究所 — 撤回論文の概況2024[DISCUSSION PAPER No.239] を公表しました(5/26)
文部科学省 科学技術・学術政策研究所ライブラリ — 要旨 撤回論文の概況2024 国・地域,分野,著者別の傾向と日本の状況
文部科学省 科学技術・学術政策研究所ライブラリ — DISCUSSION PAPER No.239 撤回論文の概況2024 国・地域,分野,著者別の傾向と日本の状況

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