Science News

査読が抱える問題と査読レポート

研究者にとっての論文発表は、研究成果を公のものとし、自らの実績や経歴を高め深めていく上で欠かせないものです。しかし論文が発表されるために必ず越えなければならない関門、それが査読です。

しかし査読については、近年の研究者数の増大に伴う膨大な数の論文に対応しきれておらず、さまざまな問題を抱えているとされています。

査読が抱える問題

査読は本来、1つの論文に対して査読者2名という設定がスタンダードです。しかし実際には、査読者の人数が足りていないことから、査読者の選定が進まず、結果的に査読に時間がかかってしまうようです。

論文著者からは想定以上の時間がかかってしまっているように感じ、一方で査読者からは妥当な時間で査読を終えているというギャップが生じているという調査結果があります。1つの論文に対して査読依頼をする人数が8-10人となることもあり、その多くは多忙を理由に断られるなど、査読者選定の苦労もあるようです。

また、査読(者)の質に関する問題も生じています。過去に公表されている倫理違反に関する調査報告書によれば、報告事例の約3%は査読に関するものであったとされ、特に競争の激しいテーマや分野において、査読者が論文内容をいち早く知ることができることから、盗用や悪用といった懸念もあるのです。

査読そのものの質については、信頼性、有効性、公正性の3つのポイントが指摘されています。信頼性とは、同じジャーナルに同じ論文を投稿した場合、同じ査読結果が得られるのか、ということです。

有効性とは、実際に優れた研究を採択できているのか、ということです。あるジャーナルでリジェクトされた論文が別のジャーナルに掲載され、高インパクトの論文となったという例が多数存在しているという調査結果もあります。

公正性とは、いわゆるバイアスの問題です。統計的に優位な結果が得られなかった研究が査読を通らない場合が多いといわれていますが、例えば投薬研究などでは、有意な結果が出た事例だけの報告では、仮にそうでなかった場合が多かったとしてもそこは何も見えないことになります。さらに問題となるのは、属性に基づくバイアスです。論文著者の属性は審査結果に影響することが分かっていて、例えば、女性研究者より男性研究者、若手研究者よりベテラン研究者、非英語圏著者より英語圏著者の方が、それぞれ審査が通りやすいとされてきました。査読者に多様性を持たせることでこの問題を解決しようとする動きもありますが、こうしたバイアスを排除するところまでは至っていません。

解決策としての査読レポートの在り方

そもそも査読レポートとは、専門家の立場から投稿された論文について査読者がまとめるものであり、このレポートは審査を左右するものです。査読レポートは、論文に修正が必要なケース等において著者に開示されることもありますが、基本的には非公開です。こうした査読レポートを、査読が抱える問題の解決につなげようとする動きが活発になってきています。

動きのひとつとして注目されるのは、査読者に対する何らかのインセンティブを設けることで、査読活動を研究業績として評価するという取り組みです。著者の選択により、論文とともに査読レポートも同時に掲載し、査読者の許可があればその氏名も明示されるというものです。さらに査読レポートにもDOIを付与し、参照や引用ができる業績として扱うというものもあります。

ほかにも、同一出版者や同分野で査読レポートを引き継いだり、ポータブル査読と呼ばれるジャーナルの壁を超えた査読レポートの共有、査読そのものを外部委託し、リジェクトされた論文も他の契約ジャーナルが閲覧可能とするサービスも存在しています。このサービスでは、著者自身がそのレポートを別のジャーナルに持ち込むことも可能になっています。

また、先ごろAccountability in Research誌に掲載された論文 “The effect of peer review on the improvement of rejected manuscripts” では、あるジャーナルでリジェクトされた論文が他ジャーナルに採択される際、査読レポートが論文の改善に利用されているかを調査しています。この論文の中で指摘されているのは、著者は査読プロセスを学術誌固有のものとしているため、査読レポート内でのアドバイスをたびたび無視しているというものでした。査読結果を、ジャーナルを超えて共有するための原稿管理サイトの利用の必要性についても、言及しています。

査読レポート公開の影響は

査読レポートを公開することで、査読プロセスの質を確保し透明性を高めようとする動きが活発になっています。その公開性による影響を調査したスウェーデンの2大学、イタリアの1大学、オランダのエルゼビア社の研究者チームによる調査結果がnature communicationsに報告されています。調査対象は、2010年-2017年までのエルゼビア社の5つのジャーナルで提出された9,220件の論文と18,525件の査読レポートです。この調査では、査読レポートの公開が査読の辞退につながる傾向や、論文採択の判断への影響はみられなかったが、若手の研究者の方が採択に前向きな判定をする傾向がみられたこと、公開前に比べよりじっくりと査読しようとする傾向がみられレポートの論調が多少前向きになったとの報告がなされていました。

今回は予備研究の段階での調査でしたので、今後さらに分野を広げての調査が必要であるということを考慮したとしても、査読レポートの公開は、学術研究の成果発表の場だけでなく、その関係者すべてにとって大変有用で価値あることとして、ますます広がりを見せていくのではないでしょうか。

参考文献

情報の科学と技術 66 巻 3 号,115~121(2016) 査読の抱える問題とその対応策 佐藤 翔
国立国会図書館 Current Awareness Portal 却下された論文の向上に査読が与える影響(文献紹介)
nature communications The effect of publishing peer review reports on referee behavior in five scholarly journals

  • 英文校正
  • 英訳
  • 和訳
※価格は税抜き表記になります