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学際研究の課題と進め方

複数の分野をまたいで行われる学際研究は、社会的な課題を解決する糸口になりうるとして、近年注目を集めています。その一方で、各分野の研究文化の違いや環境整備の遅れ、コミュニケーションの難しさなど課題も少なくありません。学際研究の課題と進め方を見ていきましょう。

なぜ今、学際研究が注目されるのか

学際研究(inter-disciplinary research)とは、細分化された学術分野のくくりにこだわらず、複数の分野をまたいで横断的に行われる研究をいいます。既存の学問分野にとらわれていては解決が難しい研究課題に対して、異なる視点から取り組むことで問題解決を図ります。

ある分野の手法や理論、データなどをほかの分野に適用して新たな知見を模索したり、異なる分野の研究者が共に一つの研究課題に取り組んだりと、アプローチの方法はさまざまです。停滞していた課題について解決の糸口が見つかるだけでなく、学際研究に参加した各分野の研究者にとって新鮮かつ有用なフィードバックが得られることもあるため、科学技術分野全体の発展につながると期待されています。

たとえば、環境問題の解決にあたっては、生態学や海洋学といった自然科学分野に加え、工学、経済学、社会学 といったさまざまな学問分野から幅広く知見を集める必要があります。また、認知科学のように、心理学、脳神経学、言語学、哲学といった既存の学問分野の境界領域にある分野 においても学際的な視点は欠かせません。このほかにも、京都大学では異分野交流会を毎月開催したり、前例にとらわれないまったく新しい研究分野を切り開くために学際研究着想コンテストを開いたりと 、異分野を融合してイノベーションを起こすべく模索をしています。学際研究は科学技術政策においても重要な位置付けにあると考えられ、昨今では注目を集めています。

学際研究における課題

異なる分野を横断的に研究するにあたっては、さまざまな課題があります。
文部科学省が管轄する科学技術政策研究所が、2011年にあるアンケート調査を行いました。これは東日本大震災をふまえて今後の科学技術・学術政策に対する意識を調査したアンケートで、約1,700名もの専門家が回答しています。この調査によると、学際研究が「なされている」と回答した専門家は2割強から5割と少なく、分野によって認識にばらつきがあるという結果が明らかとなりました。

回答のなかでは、学際研究がなかなか進まない原因や課題として
・研究方法やアプローチの仕方、成果の出し方などの研究文化が分野によって異なること
・研究コミュニティ自体が縦割りであり、異分野間での交流や連携が難しいこと
・論文主義の傾向が強く、学際研究を評価する仕組みが整っていないこと
などが挙げられています。

一方、海外においては学際研究を促進するさまざま取組みも始まっています。
たとえば、学際研究に取り組む研究者の一括採用や研究費の助成など、一定の優遇措置を設ける大学もあります。また、研究コミュニティ内で活発な交流ができるように施設が設計されていたり、交流を促進するべく共有エリアを後から設けたりと、研究文化の隔たりを物理的になくすための配慮も進んでいます。 これらの取組みがなされてきた背景を鑑みると、学際研究に従事する研究者を評価する仕組みがないことや、異分野交流・連携の不十分さなどが学際研究を阻む課題であるといえます。

学際研究を進めるにあたって

環境整備や連携・交流の促進にくわえて、学際研究に取り組む研究者自身も配慮すべきことがあります。それは、研究文化の違いを乗り越えるための丁寧なコミュニケーションです。
異なる研究分野に属する研究者間では、前提や背景に関する知識、着目点の違いをお互いに理解しあえないことがあります。これはある意味での「コミュケーション障害」であり、 学際研究を進めるうえで最初に克服すべき課題といえます。
コミュニケーションにおいては、一方が掲げた主張に対し他方が疑問をもった場合には、その妥当性の根拠を相互に話し合う行為が必要です。これは「妥当性要求」と呼ばれており、意見を一致させたり合意を得たりする際の重要な過程です。異なる分野の研究者が自分の専門分野に対して何らかの主張をした際に、妥当性の水準が低いレベルに見えてしまい、研究者間での意思疎通が難しくなる場合があります。 同じ分野の研究者間であればスムーズにできる会話も、分野が異なれば一気に難しくなり、交流や連携が進みにくくなる要因と考えられます。
そのため、異なる分野の研究者が一緒に学際研究に取り組む際には、まずは研究の方向性や全体のビジョンを構築し、土台として共有するとよいでしょう。共通のビジョンに沿ってコミュニケーションを重ねるうちに、異なる分野の研究者の考え方を推察できるようになり、配慮しながら交流を深めていくことができます。

また、学際研究においては、自分の専門ではない分野の情報をいかに効率的に集めるかも重要です。本格的に異分野の文献検索を始める前に、ある程度の専門用語や基本的な概念を理解しておきましょう。また、チーム内での情報共有体制を構築したり、入手した情報を効率よく整理したりといった仕組み作りもおすすめです。書店や図書館で容易にアクセスできるいわゆる白色文献だけでは手に入らない情報も、政府や学術機関などが非商業的に出版した文書やレポートなどのいわゆる灰色文献を通して入手できる場合があります。公開された論文や資料だけではなく、画像や動画、ソーシャルメディアなども含めて幅広く情報収集するのもよいでしょう。

複数分野の最新情報を網羅することは、専門分野の情報だけを追うよりも多くの時間と労力がかかります。文献検索アプリなどのツールを活用したりして、情報収集を効率化することをおすすめします。

参考文献

京都大学からはじめる研究者の歩きから Life as a scholoar : Kyoto University and Beyond
文部科学省 科学技術・学術審議会 — 東日本大震災を踏まえた今後の科学技術・学術政策の在り方について
学際研究遂行の障害と知識の統合 ―異分野コミュニケーション障害を中心として一
学際研究プロジェクトにおける異分野研究者間コミュニケーション――インタビュー調査によるプロジェクト維持要因の仮説作成 ――
学際研究とその評価 三菱総合研究所

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