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「研究公正に関するヒヤリ・ハット集」第2版の概要

研究活動を進めるなかで不適切な研究行為を思いとどまったケースや、周囲から指摘されて不正をせずに済んだケースは少なくありません。国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が公開している「研究公正に関するヒヤリ・ハット集」は、危うく不正になりそうだった事例を紹介することで、研究倫理教育に役立て、公正な研究を支援するために作られたものです。

2021年3月に発行された初版は、31の事例と6つのコラムが掲載されていました。2023年4月25日に公開された第2版では、新たな事例とコラムが追加され、52の事例と8つのコラムが収録されています。今回追加された事例のなかから、いくつかピックアップして紹介します。

自己盗用の回避に関する事例

第1章の「捏造、改ざん、盗用」では、6つの事例が紹介されています。そのうち、第2版で追加された「1-6.複数の学会誌への論文の自己盗用の回避」では、異なる分野における論文の自己盗用になりそうだったという事例が紹介されています。ある学術誌ですでに発表済みであった論文を、異なる分野の別の学術誌に投稿する際、内容の半分以上が同じ内容だったというケースです。自分が過去に書いた論文であっても、引用を明記し内容を要約せずに他の論文にそのまま用いてしまうと、自己盗用となってしまいます。このケースでは、事前に相談していた教授がそれぞれの学術誌を発行する学会に所属していたことで内容の重複に気づき、未然に防げました。

こういった自己盗用に対する予防策・対応策として、大学や研究機関による研究倫理教育の徹底や、明確なルールの作成などが示されています。剽窃チェックツールの導入についても触れており、研究者自身によるチェックはもちろん、学術誌の編集委員会側でもチェックツールを活用したり、査読要項に二重投稿や自己剽窃に関する規定を設けたりすることも提案されています。また、論文のOA化を促進することも盗用の抑止力となり得るとしています。

オーサーシップに関する2つの事例

第4章の「オーサーシップ」では、5つの事例が紹介されています。そのうち、第2版から追加された「4-3. 教員のオーサーシップ」では、研究開始前にある教授との会話からヒントをもらったことで、その教授をラスト・オーサーに加えようとした事例が紹介されています。医学分野や生命科学分野では、研究に貢献した人をできる限り著者として掲載する傾向があり、上位の研究者をラスト・オーサーに入れるケースも少なくありません。しかし、人文社会科学系にはそういった慣習はなく、単著の論文や著作が重要視される傾向にあります。ギフト・オーサーシップやゴースト・オーサーシップといった研究不正になり得た事例です。予防策として、学際研究においてはオーサーシップのあり方についてあらかじめ合意することや、特定の分野や研究室で前提とされているオーサーシップのルールについても改めて検討することなどが挙げられています。

また、「4-4. 特許のギフト・オーサーシップ」も第2版から追加されました。これは、日ごろからお世話になっていた研究者たちの名前を特許の発明者として記載しようとした事例であり、コンプライアンス教育やリスクマネジメント教育の徹底が予防策として挙げられています。

第2版で新たに追加された章について

第2版では、「3.個人情報の保護・管理」「11.研究費の不正使用」「12. その他」という3つの章が新たに追加されました。

「3.個人情報の保護・管理」においては、個人情報を削除して提供されたはずのデータに個人を特定できる情報が残っていたケースや、研究委託先からデータが流出してしまい、迅速な対応と謝罪によって被害を最小限にとどめられたケースが紹介されています。いずれも、患者データや個人情報などに対して高い意識を持ち、再チェックや適切な事後対応によって解決した事例です。予防策としては、個人情報や最新の法令に関する研修等の機会を設けることなどが挙げられています。

「11.研究費の不正使用」においては、大学および研究機関の両方に所属していた研究代表者が研究費を申請したときの事例が紹介されています。研究機関の所属として取得した研究費を、異なる大学を代表機関とする共同研究で使用することはできないため、再申請を行ったというケースです。

「12. その他」には、同意なしで診療データを研究に利用しようとしていた事例、共同研究が終了した後の研究データや試料の取り扱いについての事例、研究者自身が医療機器の有効性を実験しようとした事例などが紹介されています。いずれも研究者自身が踏みとどまり、倫理審査担当者に相談したことで不正行為を回避できています。

ここで紹介した章もあわせて、第2版には全12章にわたって52の事例が収録されており、いずれも研究者にとっては知っておくべき内容といえます。「研究公正に関するヒヤリ・ハット集」第2版のPDF版は、日本医療研究開発機構ホームページから閲覧することができます。

参考文献

「研究公正に関するヒヤリ・ハット集」第2版

  • 英文校正
  • 英訳
  • 和訳
※価格は税抜き表記になります