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「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた国の方針」と日本の即時OA政策の特徴

2023年10月、内閣府科学技術・イノベーション推進事務局は「公的資金による学術論文等のオープンアクセスの実現に向けた基本的な考え方」を公開しました。これは、「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた国の方針」に盛り込むべき事項をまとめたものです。その概要を解説し、日本の即時OA政策の特徴についても紹介します。

「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた国の方針」の概要

2023年5月に内閣府科学技術・イノベーション推進事務局が公開した「論文等のオープンアクセスについて(論点とりまとめ)」では、日本のOAに関する方針として、主に以下のような内容が提言されていました。

・グリーンOAの推進(NIIやJSTなど、公的なプラットフォームの充実)
・ゴールドOAに対してはAPC(論文掲載料)を支援

「論文等のオープンアクセスについて(論点とりまとめ)」については、こちらの記事もご覧ください。
内閣府科学技術・イノベーション推進事務局「論文等のオープンアクセスについて(論点とりまとめ)」について

この提言を受け、2023年6月には「統合イノベーション戦略2023」のなかで「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた国の方針」を策定することが規定されました。2018年9月にヨーロッパで提言された「プランS」や、2022年8月に米国が打ち出した同様の方針に追従する形で、日本においても即時OA(即時オープンアクセス)の方針が打ち出されたのです。

「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた国の方針」には、大きく以下の3項目が盛り込まれています。

1、即時OAの理念

・研究成果を広く国民に還元し、その共有・公開を通じた課題解決への貢献
・日本全体における購読料やAPCの負担の適正化(ただし、大学等における利用可能な雑誌数や論文発表数を減らさない、研究活動に負の影響を与えない)
・研究成果の発信力の向上

2、即時OAの対象

2025年度から新たに公募する分において、「学術論文を主たる成果とする競争的研究費制度によって生み出された査読付き学術論文および当該学術論文の根拠データ」を即時OAの対象とすることを盛り込むべきとしています。

3、即時OAの実現に向けた基本方針

2025年度以降に新たに公募する研究費制度について、即時OAを実現するために、以下の内容を基本方針として盛り込むべきとしています。
・国および関係機関の連携
・研究費受給者に対し、学術雑誌への掲載後、機関リポジトリ等への即時掲載の義務づけ
・研究DXプラットフォームの整備・充実
・機関リポジトリの価値向上、成果発信力の強化
・機関リポジトリ等の情報基盤への掲載を通じて、誰もが自由に利活用可能となること
・日本全体の購読料およびAPCを含む経済的負担の適正化、公的資金全体における負担軽減
・学術論文の定量的な評価によらない新たな評価体制の確立
・G7など、価値観を共有する国・国際機関等との連携強化 など

日本の即時OA政策の特徴

OA出版の方法としてはグリーンOAのほかに、ゴールドOAのフルOAジャーナルとハイブリッドOAジャーナルがあります。
さらに、ヨーロッパではAPCを資金源としない「ダイヤモンドOA」という出版方法も広まりつつあります。ダイヤモンドOAは、研究機関や公的助成機関、出版社、学会などの資金提供によって、読者や論文の著者である研究者が費用を負担する必要がない出版方法です。高額なAPCによる経済的負担が問題となっている今、2024年以降は転換契約等への支援が縮小傾向になるなど、ゴールドOAからダイヤモンドOAへの移行が加速する可能性も考えられます。

そのなかで、「論文等のオープンアクセスについて(論点とりまとめ)」にもあるように、日本ではグリーンOAを推進しています。グリーンOAでは、研究成果を機関リポジトリ等に登録することで幅広い層がアクセスできるようになります。2025年度より新たに公募する競争的研究費を受給する研究者に対しては、学術雑誌への掲載後、即時に機関リポジトリ等への掲載を義務づける方針を打ち出すなど、日本は強い姿勢でグリーンOAを推進しようとしています。

グリーンOAによる即時OAには、いくつか課題もあります。例えば、即時OAの義務化が進むことで登録数が一気に増加し、機関リポジトリに論文等を登録する役割を担う大学の図書館員の負担増が懸念されています。ヨーロッパでは、教員自身が業績管理ツールを通して論文をセルフアーカイブし、登録内容の確認作業を図書館員が担当するなど工夫されています。日本でも同様の体制が導入されることが期待されています。

また、エンバーゴ期間に関して、出版社におけるOAポリシーの確認プロセスの問題もあります。一般的に、学術出版社はOAポリシーに基づいて、論文をOA化するまでのエンバーゴ期間を定めています。そのため、学術出版社で出版された論文はエンバーゴ期間が終了するまでは機関リポジトリや個人のウェブサイトなどで論文を公開することができません。

これに対し、政府が掲げる即時OA政策では、エンバーゴ機関が即時OAの妨げとならないよう、「権利保持戦略」を通じて無効化しようとしています。

権利保持戦略をめぐる動き

権利保持戦略とは、論文の著者があらかじめ自身の論文の利用条件をCCライセンスとして指定することで、論文の公開や再利用できる権利を保持しようとするものです。プランSが編み出した戦略であり、出版社に論文の著作権を譲渡する前に著作権者自身がCCライセンスをあらかじめ指定することで、著作権譲渡後も論文の再利用が可能となります。

CCライセンスについては、こちらの記事もご覧ください。
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)の種類と論文における活用方法について

ただ、プランSが提唱したこの権利保持戦略は、エンバーゴ期間を設定することで収入を確保していた学術出版社にとっては打撃であり、出版社の反発や研究者の不利益を招く結果となりました。

そこで、研究者を守るために大学は「権利保持ポリシー」を打ち出しました。まず、論文の著者である大学教員は、機関の規則に基づき著作権を保持します。そのうえで、大学教員は所属する大学に対して、自身の研究成果をOAライセンス下で公開・提供します。これは、非独占的かつ取消不能な権利であり、世界に通用するものです。イギリスのケンブリッジ大学やエジンバラ大学をはじめ、2023年10月末時点ですでに20以上の大学がポリシーを採択、さらに10以上の大学が準備中とのことです。

さらに、スペイン、イタリア、ドイツ、オランダ、オーストリア、フランス、ベルギーなど、法律で「二次出版権」を規定することで対抗措置を取っている国もあります。二次出版権とは、公的助成を得た研究成果については、出版社への著作権譲渡が行われた場合でも、論文の著者が自身の論文を公的リポジトリ等でOA登録できる権利を指します。

グリーンOAを推進する日本の動向に今後も注目

このように、グリーンOAを通じた即時OAをめぐっては、出版社、大学等の研究助成機関、国の間でさまざまな攻防が続けられています。すべての課題を一度に解決するのは難しく、複数の対策を組み合わせながら対応していくのが現実的といえます。グリーンOAの義務化を推進する日本においても、即時OAをめぐる動きを引き続き注視する必要があります。

参考文献

Current Awareness Portal — CA2055 – 動向レビュー:即時オープンアクセスを巡る動向:グリーンOAを通じた即時OAと権利保持戦略を中心に / 船守美穂
内閣府 — 総合科学技術・イノベーション会議 — 公的資金による学術論文等のオープンアクセスの実現に向けた基本的な考え方

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