Science News

Sci-Hub(サイハブ)を巡る理念の対立と係争

大学や研究機関などに身を置く研究者や学生たちにとっては、専門知識を深めるため、あるいは自身の研究をより発展させるための参考にするなどといった目的で、数多くの学術論文を読むことが必要不可欠です。しかしながら、現状では、オープンアクセスジャーナルのような無料で全文を購読できるジャーナルを除くと、論文を全文で入手するには料金がかかります。また、インターネットではなく図書館へ行ってコピーを取る場合でも、コストが掛かってしまいます。このような現状では研究情報のスムーズな共有の妨げになる、という問題点を解消すべく、無料で数多くの論文を入手できるSci-Hub(サイハブ)というサイトが2011年に立ち上がりました。

ソフトウェア開発者エルバキアン氏の試み

カザフスタン出身の神経科学を専門とする女性研究者アレクサンドラ・エルバキアン氏は、自身のソフトウェアプログラミング技能を活用し、世界中の人々が数多くの学術論文を読めるようにすることを目的に、多数の学術論文の無料ダウンロードを可能にしたオンライン検索エンジンSci-Hubを創設した人物です。彼女の作り上げたSci-Hubは当初から世界中の研究者らの間で好評となり、有料・無料を問わず沢山の学術論文を探し出してダウンロードするためのツールとして利用されてきました。Sci-Hubを利用して入手できる論文の数は、6千万報以上にも上るといいます。しかし、他方でSci-Hubのシステムに対し、違法性を訴える企業や団体が現れたことにより、Sci-Hubの運営に将来的な不安が発生するようになりました。

著作権などを巡る民事訴訟でSci-Hub敗訴

Sci-Hubに対して最初に異議を唱え、「本来出版社に料金を払って入手しなければならない有料論文を、無料でダウンロードできるサイトに多数置くことは著作権の侵害に当たる」という旨の申し立てを裁判所に対して行ったのは、世界的な売り上げを誇る学術雑誌出版社であるエルゼビア社でした。エルゼビア社の訴えは裁判所によって全面的に認められ、2015年の判決ではSci-Hubはサイト閉鎖を命じられました。しかし、エルバキアン氏はその後も何度もミラーサイトなどを立ち上げ、論文の無料ダウンロードサイトの運営を従来通り続けたため、エルゼビア社はSci-Hubを相手取り再び裁判を起こしました。その結果、2017年の米連邦地方裁判所による判決で、Sci-Hubはエルゼビア社に対し1500万ドル(約16億7000万円)の賠償金支払いと、サイトの永久的閉鎖を命じられました。さらに、アメリカ化学会もSci-Hubを訴え、エルバキアン氏は敗訴して賠償金の支払いを命じられています。

見直しも必要か?現行の著作権法

ここ数年のSci-Hubを巡る民事裁判では、いずれもSci-Hub側が全面敗訴し、Sci-Hubというサイトは現行の著作権法に違反しているとの司法判断がはっきりと下されています。しかしながら、Sci-Hubに対して理解を示し、今後も積極的に利用していきたいと主張する研究者らが非常に多いことも現実です。そのような研究者の中には、論文出版という市場の中で常に独占的な位置を占め、加えて論文の購読料を吊り上げて高額な利益を得ようとする大手出版社のやり方を、厳しく批判している人もいます。

研究者というのは常に最新の研究情報と向き合わなければならない存在のため、出来るだけ沢山の論文をなるべく低コストで収集したいと思う気持ちは、世界中で共通だと思います。他方で、学術論文の出版という工程自体は、紛れもなく論文出版社という民間企業に委ねられていることも確かです。なので、今後Sci-Hubの利用者が余りにも多くなり過ぎることが原因で、そういった論文出版社の経営が危機に陥ることは決して望ましい事ではないはずです。学術論文の著作権を巡る法律の改正なども今後視野に入れて、研究者らと論文出版社両方が不利益を被ることが無いように、国を上げて論文出版のあり方を改正するような事業に取り組むことも必要となってくるのではないでしょうか。

  • 英文校正
  • 英訳
  • 和訳
※価格は税抜き表記になります