査読者に論文著者名を知らせないNatureの新しい取り組みは、査読システムを変えるか
現在の査読システムの多くでは、論文著者は誰が査読したかわかりませんが、査読者には論文の著者名や所属先が明示されます。ところが、今年の3月から『Nature』誌と全姉妹誌において、著者は査読者に対して「従来どおり自分の名前や所属を開示するか、あるいは匿名にするか」を選択できるようにしたと、Nature Publishing Group(NPG)が発表しました。この新しい制度が導入された背景や、研究コミュニティの反応を紹介します。
著者の地位や所属先によるバイアスを防ぐ
査読者に対して、論文の著者名や所属先が明示されることについては、従来から「査読するときに、著者の地位や所属先によるバイアスが生じやすい」と批判され続けています。有名な人が書いた論文だから間違いないだろう、レベルの高い大学にいる人だから大丈夫だろう、という思い込みがはたらき、純粋に論文の内容を評価できない場合があると言われています。名の知れた人を著者に含める「ギフトオーサーシップ」の問題にもつながります。
著者名が伏せられれば、純粋に論文の内容だけで評価することになるため、誰もが平等に扱われるというメリットがあると言われています。しかしNPG内でも、そのメリットが本当なのか疑問視する声がありました。そこで試験運用として、姉妹誌である『Nature Geoscience』誌と『Nature Climate Change』誌において、査読時に著者名を伏せるという選択肢を2013年5月から用意してきました。著者名を伏せる選択をしたのは全著者のうち5分の1以下でしたが、特に目立つ支障はなく、著者からの反応もよかったため、今回の決定に至ったとしています。
もちろん、バイアスの問題が完全になくなるわけではありません。非常に狭い研究分野では研究者の数が限られるため、内容によっては誰が書いたか、大体想像できる場合があります。また、多くの研究は、これまでの自分の研究をベースにしながら進めます。そのため、引用する参考論文には、自分がこれまでに発表した論文が多くなりがちで、そこから著者を推測される可能性もあります。
研究コミュニティからは「著者名は常に匿名にすべきだ」との意見も
NPGの今回の取り組みは、査読時のバイアスを軽減する目標に進んでいるとして、研究コミュニティでは概ね好印象をもって受け入れられています。しかし「著者名を開示するか、匿名にするか」を著者が選択できることについては、疑問の声が上がっています。
NPGは、「自分の名前や所属を明示して同分野からの議論を望む研究者に配慮して、選択制にしている」と述べていますが、今回の発表を掲載したウェブページには「この選択制では、著名人は自分の名前を出し、無名研究者は匿名にするだろう」「著者名は常に匿名にすべきだ」というコメントが多く寄せられています。また、査読者だけでなく、論文を選定して掲載可否を決める編集者に対しても、著者名を匿名にすべきだという意見もあります。
今回のNatureの決定は、論文掲載プロセスにどのような影響を与えるのでしょうか。また、他のジャーナルはどう対応するのでしょうか。今後の査読システムを考える上で、大きな転換点となるのかもしれません。